PR 純真の落日

聖女の詩、白の余白 ー 第12話:零れ落ちた真実、染まりゆく深紅

凍月 楪

公務を終え、内宮へと続く長い回廊。石造りの天井に響く二人の足音は、重なり合い、一つの鼓動のように溶け合っていた。
あの雨の夜から、二人の間を流れる空気は決定的に形を変えている。激しい嵐が過ぎ去った後も、肌にまとわりつくような熱と湿り気が、消えることなく停滞していた。
楪はふと足を止め、一歩後ろにいたリュカを振り返った。

「ねえ、リュカ。……少し、いいですか?」
「ユズリハ? ……どうしたんだ、急に立ち止まって」
向けられた言葉に、聖女としての虚飾はない。リュカの瞳に宿るのは、忠誠心よりも深い場所にある、戸惑いと、抗いがたい親愛の色だった。
けれど、彼女の首元を覆う護衛服の襟の奥には、今も楪が唇で刻みつけた琥珀色の魔力が潜んでいる。それを知っているのは、この広い城の中で、ただ二人だけだ。

「明後日の『聖光祭』……あなたと一緒に行きたいんです。騎士としてではなく、ただのリュカとして」
「祭りに……? でも、私は君の護衛だし、人混みで君に何かあったら……」
「護衛なんて、いりません。……リュカ、あなたが隣にいてくれれば、私はそれでいいんです。誰にも邪魔されない、私とあなただけの時間にしたいの。ダメ……ですか?」
楪は一歩踏み込み、リュカの手をそっと握った。その指先はわずかに震え、慈しみよりも強い独占の欲を孕んでいる。

(ああ……私はまた、この人を嘘に誘っている。……自由を与えてあげるふりをして、私の執着という檻に閉じ込めようとしている)
自分の中にある澱みに、楪は痛いほど気づいていた。けれど、リュカが困ったように微笑み、握り返してくれた瞬間に感じる充足は、何物にも代えがたい蜜の味だった。
「……わかったよ。君がそこまで言うなら。……私に、何ができる?」

「ふふ、ありがとうございます、リュカ。……楽しみにしていてくださいね。あなたにとてもよく似合う、素敵な装いを用意してありますから」
楪の微笑みは、夕闇に溶けゆく光のように淡く、けれど消えない呪いのようにリュカの意識を絡め取った。
それは救済の約束ではなく、二人が共犯者として日常を捨て、より深い欺瞞へと足を踏み出すための合図でもあった。

鏡の中の異邦人 —— 剥落する騎士と執着の紅

城の尖塔から漏れる月光が、楪の私室に置かれた大きな姿見を青白く縁取っていた。
室内には、リュカの身体を律していたクリーム色のチュニック、それを引き締める濃紺のベスト、そして脚のラインを強調していたスリムなズボンが、脱ぎ捨てられた抜け殻のように床に横たわっている。
それはまさに、リュカという人間を騎士という役割に繋ぎ止めていた、最後のリミッターが外れた証でもあった。

薄絹の下着姿になった二人の間には、魔導灯の淡い灯火だけが揺れている。
「……ユズリハ、そんなに見ないでください。落ち着かなくて、つい」
リュカは、さらしを外して露わになった己の肢体に、言いようのない心細さを覚えていた。
守ってくれる厚い生地も、身体を締め付ける革の感触もない肌は、驚くほど白く、そして脆い。
慣れない呼び捨てと、無意識に混ざる敬語。
そのちぐはぐな響きが、二人の間の湿度をさらに高めていく。

「ふふ、そんなに強張らないで。じっとしていてくださいね、リュカ。動くと、綺麗に色が乗りませんから」
楪は至近距離でリュカの顔を覗き込み、紅を差した細い筆をその唇へと寄せた。
吐息が混じり合うほどの距離。
リュカは、アメジストの静寂をたたえた楪の双眸、その奥深くに灯る琥珀色の熱に射抜かれ、石のように硬直する。
聖女の柔らかい指先が、リュカの顎をそっと持ち上げた。
触れられた場所から、あの雨の夜に刻まれた熱が、有無を言わさぬ確かな実感を伴って全身へと染み渡っていく。

「……。……私に、こんなことをして。どうするつもり、なんですか?」

「似合うと思ったからですよ。騎士として戦うあなたも誇らしいけれど、今夜だけは、私だけの特別な『女の子』になってほしいんです」
楪の声は、慈愛に満ちた聖女の調べでありながら、どこか逃げ場を塞ぐような粘り気を帯びていた。
指先がリュカの頬をなで、睫毛に色彩を乗せていくたびに、鏡の中の異邦人は「騎士」から「女」へと変質していく。
(ああ……私の指先で、この方が色付いていく。私の選んだ色で、この方の全てを塗り潰してしまえる……)
自分の中にある執着という名の澱みに、楪は恍惚とした眩暈を覚えていた。
それは純白の聖域を自ら汚していくような、背徳的な充足感だった。

化粧を終えた楪は、満足げに微笑むと、用意していた『深紅と銀の礼装ドレス』をリュカの身体に滑り込ませた。
銀のシルクがリュカの柔らかな曲線に吸い付き、深紅のベルベットがその白い肌を鮮烈に引き立てる。

「……ふふ、最後は仕上げですよ。後ろ、向いてくれますか?」

促されるまま背を向けたリュカの視界に、鏡越しに映る己の姿が飛び込んでくる。
そこにいたのは、王宮を守る鋭い刃などではなく、深紅の檻に閉じ込められた、瑞々しくも危うい一人の生贄だった。
楪の手には、ドレスの背面を締め上げるための銀のリボンが握られていた。
剥き出しになったリュカの背中に、楪の指先がわざとらしく、ゆっくりと触れる。

「……っ、……ひ、……あ……」
リュカの背筋が跳ねるように震えた。
リボンが一本ずつ、鳩目を通されるたびに、ドレスは彼女の身体を容赦なく縛り上げ、呼吸を浅くさせていく。
「苦しくないですか? 苦しかったら、ちゃんと教えてくださいね」

「……っ。……大丈夫、です。ユズリハが、してくれること、なら……」

その言葉を待っていたと言わんばかりに、楪は最後のリボンを一気に引き絞った。
騎士としての誇りも、役割も、その銀のリボンの下に、有無を言わさぬ確かな実感を伴って、深く封印される。
残されたのは、楪という主に従うことしかできない、美しき共犯者だけだった。

※※※

 

楪が手を離すと、リュカは吸い寄せられるようにして姿見の前へ歩み寄った。
鏡の向こう側にいるのは、見慣れた「騎士リュカ」の姿ではない。

以前、夜会に出席した際も、彼女は自ら紅を引き、ドレスを纏ったことはあった。
だが、その時とは鏡に映る自分自身の熱が、決定的に違っていた。
自分で施した化粧は単なる公的な仮面だった。

けれど、今こうして楪の指先によって彩られた唇は、まるで逃げられない契約の印を押し当てられたかのように熱く、痺れている。
「……ユズリハが直してくれたところだけ、なんだか自分じゃないみたいに赤く見えます」
リュカは震える指先で、鏡の中の自分の頬に触れようとした。

冷たいガラスに指が当たった瞬間、そこに映る異邦人が自分と同じ動きをすることに、言いようのない恐怖と昂揚を覚える。
「ええ。とっても綺麗ですよ、ルチア」
楪が隣に並び、鏡越しに視線を重ねる。

「……私、おかしくないでしょうか。ユズリハの隣にいても、恥ずかしく……ない?」
「恥ずかしいだなんて。今夜のあなたは、世界で一番、私の特別なんですから」
楪はそう言って、リュカの肩にかかる金色の髪を一房、優しく整えた。

二人の姿は、鏡の中で完璧な一組の少女たちとして完成している。
もはやそこには主も従もいない。
ただ、一つの「嘘」を分かち合う、美しい共犯者がいるだけだった。

「さあ……行きましょうか。私の、大切なルチア」
楪は自らも祭りのための私服を纏うと、重い扉を静かに開いた。
室内での熱を逃がすように、秘密の回廊からは夜の冷ややかな空気が流れ込んでくる。

「……っ、あ……」
一歩、踏み出そうとしたリュカが、微かに膝を揺らしてよろめいた。
夜会で履き慣れたはずのヒール。
けれど、足首を締め付けるようなこのドレスの裾と、何より「ルチア」として夜の街へ消えるという背徳的な高揚感が、鍛え抜かれた騎士の平衡感覚を狂わせていた。

石畳を踏む足取りが、いつになく頼りなく、浮ついている。
「ふふ、危ないですよ」
倒れそうになるリュカの腰を、楪が素早く、それから抱きすくめるようにして支えた。

「ごめん、なさい。夜会の時よりも、なんだか地面が遠く感じて……」
「いいんですよ。上手に歩けないなら、私に捕まっていてください」
楪は当然のような顔をして、リュカの腕を自らの腕に深く絡め取った。

楪は当然のような顔をして、リュカの腕を自らの腕に深く絡め取った。
「こうしていれば、誰にも『聖女と護衛』だなんて思われません。今はただの、仲の良い女の子同士に見えるはずですよ?」
絡められた腕から伝わる体温と、本名で呼ばれ続ける甘い誘惑。
リュカは、もはや自分が守る側ではなく、導かれるままの存在になったことを悟り、静かに頷いた。

二人は足音を忍ばせ、夜の静寂に包まれた秘密の回廊を抜ける。
勝手口へと続く角を曲がった、その時だった。
前方から、明かりを手にした一人の侍女が歩いてくるのが見えた。
「……っ!」
リュカの身体が、反射的に硬直する。
普段なら厳格に律しているはずの背筋が、ドレスの重みとヒールの不安定さで、無防備な少女のそれへと変貌していた。

(まずい……こんな格好で、しかもユズリハと腕を組んでいるなんて見られたら……)
リュカの脳裏を最悪の事態がよぎる。けれど、楪は驚くほど落ち着いた様子で、歩みを止めることさえしなかった。
「あら、お疲れ様です。お祭りの夜ですのに、大変ですね」
楪が、いつもの「聖女」としてではない、年相応の少女らしい軽やかな声で話しかけた。

侍女は一瞬、足を止めて二人を見つめた。
リュカは心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張に襲われ、咄嗟に伏せ目がちになる。
だが、侍女の瞳に宿ったのは、疑念ではなく、純粋な感嘆の光だった。
「……ええ、ありがとうございます。お二人とも、お祭りに行かれるのですか? まぁ、なんて素敵なお召し物。お友達同士、本当によくお似合いで……」

「ふふ、ありがとうございます。それでは、お先に失礼しますね」
楪はそう言って、リュカの腕をさらに強く引き寄せた。
侍女が深々とお辞儀をし、そのまま立ち去っていく。
その背中が見えなくなるまで、リュカは呼吸をすることさえ忘れていた。

「……。……気づかれません、でした。あんなに近くにいたのに」
「言ったでしょう? 今のあなたは、どこからどう見ても、私の大切なお友達……いいえ、一人の可愛い女の子ですよ」
楪が顔を覗き込み、いたずらっぽく、けれど独占欲を隠そうともせずに微笑む。
リュカは安堵と、そして「自分という存在が塗り替えられた」ことへの得体の知れない高揚に、顔を赤く染めて俯いた。
「……。……そう、ですね。……行きましょう、ユズリハ」

二人は笑顔を見合わせると、足取りを確かにして、賑やかな光の溢れる外の世界へと溶けていった。

光の祝祭 —— 共犯者の散歩道

「見て、ルチア! あっちの通りまでずっと、光の海みたい!」
城の裏門を抜け、通用路を飛び出した瞬間、楪は弾けるような声を上げた。
網膜を灼くような色彩の濁流と、地鳴りのような人々の喧騒。
楪は子供のように瞳を輝かせ、迷うことなく人混みの中へとリュカの手を引いて駆け出していく。

「ちょっと、ユズリハ……! そんなに急いだら……っ」
慣れない細いヒールが石畳を叩くたび、リュカは心許ない感覚に襲われ、思わず繋がれた手に力を込めた。
騎士として何度も巡回したはずの街並みなのに、今の彼女には、一歩進むことさえ命懸けの冒険に感じられる。
そんな彼女の不安を置き去りにするように、楪は振り返って悪戯っぽく笑った。
「ほら、しっかり付いてきて。今夜のあなたは私だけの『ルチア』なんだから」
祭りの灯りを反射して、彼女のアメジストの瞳の奥で、琥珀色の期待が熱を帯びて踊っていた。

 

美食の誘惑

 

「いらっしゃい、いらっしゃい! 王都一番の甘い宝石、蜂蜜スパイスケーキだよ!」
「こっちは焼きたてのギルド肉だ! エールと一緒にどうだい、お嬢さん方!」
押し寄せる人波のざわめきに、威勢のいい屋台主たちの怒鳴り声が混ざり合う。
ジュウジュウと肉の焼ける芳醇な脂の香りと、鼻をくすぐるシナモンの甘い薫香。
カツン、カツンと石畳を叩く無数の足音と、どこか遠くで鳴り響くリュートの陽気な調べが、リュカの耳朶を容赦なく震わせた。

「わあ、すごい……! ねえ、ルチア、見て、あっちのケーキ、湯気が立ってるわ!」
楪は歓声を上げ、目を丸くして立ち尽くすリュカの手をぐいと引いた。
「あ、ちょっと……ユズリハ、そんなに引っ張ったら……っ」
「おっと、ごめんよお嬢ちゃん! ……おわっ、なんて別嬪さんだ」
すれ違いざま、大柄な男の肩がリュカに触れ、彼女の身体が危うく泳ぐ。
慣れないヒールが滑り、バランスを崩しかけたその腰を、楪が素早く、けれど情熱的に抱き寄せた。

「ふふ、危ないわよ、ルチア。……はい、店主さん。これ二つ頂戴!」
チャリン、と銀貨がトレイに踊る快い音。
「まいど! 熱いから気をつけな、お熱いお二人さん!」
店主の冷やかし混じりの笑い声に、ルチアの顔はたちまち林檎のように赤く染まる。
差し出された紙包みからは、蜂蜜が滴る黄金色のケーキが顔を覗かせていた。
「ほら、あーんして? 冷めないうちに、私の毒見を受けてくれないかしら」
喧騒の真っ只中、楪はリュカの耳元で悪戯っぽく囁くと、甘やかな蜜の塊をその唇へと押し当てた。

「……っ、ふ、あ……」
不意に押し込まれた熱い塊に、リュカは驚きに目を見開いた。
けれど、反射的に咀嚼した瞬間、口内いっぱいに暴力的なまでの幸福が広がった。
サクりとした表面の中から、しっとりと重厚な生地が解け出し、溢れんばかりの蜂蜜が舌の上で熱く、甘く、とろりと躍る。
鼻を抜けるのは、異国情緒あふれるシナモンとクローブの、少しだけ痺れるような刺激的な香りだ。

「……おいしい……」
熱さにハフハフと吐息を漏らしながら、リュカは陶然と呟いた。
騎士団の無骨な食事とは対極にある、贅を尽くした甘美な毒。
そんな彼女の反応を、楪は至近距離で、それこそ一滴の蜜の動きも見逃さないような執拗さで見つめている。
「ふふ、本当においしそうに食べるのね。……あ、待って。唇の端に、まだ蜜が残っているわよ?」

「えっ、あ、自分で……」
慌てて手を伸ばそうとしたリュカの手首を、楪の細い指が制した。
「だめよ、ドレスが汚れちゃう。……じっとしてて?」
楪は楽しげに目を細め、抗う隙を与えないような、しなやかな強引さで顔を寄せると、指先でその黄金色の滴を優しく掬い取った。
そして、リュカの目の前で、自身の唇へとそれを運ぶ。

「ん……。本当、とびきり甘いわね、これ」
自分の指をなぞり、満足げに微笑む楪のアメジストの瞳。
祭りの灯りを吸い込んで、その奥底では、蜂蜜よりも濃い琥珀色の熱がゆらりと揺らめいた。
リュカは顔が沸騰しそうなほどの羞恥に震えながらも、その妖しい輝きから目を逸らすことができなかった。

 

運命の託宣

 

「寄ってお行き、麗しいお嬢さん方。二人の魂が何色に混じり合うか、星の欠片に訊いてみないかい?」
低くしわがれた呼び声に誘われるように、楪は紫色の天幕を指差した。
そこは、周囲の喧騒から切り離されたかのような、仄暗い占いの店だった。
乾燥したハーブと、どこか煤けたインセンスの香りが鼻腔をくすぐり、天幕の奥では、台座に据えられた透明な水晶が青白い燐光を放っている。

「ねえ、ルチア、相性占いだって! 面白そう、やってみましょうよ」
「えっ、占い!? でも、そういうのは……っ」
戸惑うリュカの懸念をよそに、楪は「いいからいいから」と楽しげに彼女の手を引き、狭い椅子へと強引に座らせた。
「さあ、二人で一緒にこの水晶に手を触れて。嘘はつけないよ、魂の形がそのまま光になって現れるんだからね」
老婆のような占い師が、細く長い指で水晶を指し示す。

「……いい、ルチア? いくわよ」
楪が、そっと自分の手を水晶の上に置く。リュカは緊張に指先を震わせながら、その上に重ねるようにして手を添えた。
ひんやりとした水晶の感触。けれど、その下にある楪の手のひらは、驚くほど熱く、脈打つ鼓動が直接伝わってくるようだった。
「――ほう。これは、また……」
占い師が息を呑む。透明だった水晶の奥底から、ドロリとした濃密な色彩が湧き上がってきた。

リュカの放つ潔癖なまでの純白を、楪のアメジストのような紫が侵食し、やがてそれは――燃えるような、けれどどこか禍々しい『深紅』へと染まっていく。
「一方がもう一方を飲み込み、決して離さぬ執着の赤。……お嬢さん方、あんたたちは『友達』なんて生温い仲じゃない。一生かかっても解けない、呪いのような縁で結ばれているよ」
「っ……!?」
リュカが弾かれたように手を離そうとする。けれど、楪はその手を逃がさないよう、水晶の上でより強く彼女の指を絡ませた。

「ふふ……『呪いのような縁』、か。素敵な表現ね」
楪は占い師の言葉を怖れるどころか、心底満足げに目を細めた。
祭りの灯りを反射したその瞳の奥で、琥珀色の魔力が勝ち誇ったように揺らめいている。
「聞いた? ルチア。私たちは一生、離れられないんですって」
耳元で囁かれる甘い宣告。リュカは、水晶に残る熱と、絡められた指の感触に、逃げ場のない目眩を感じていた。

 

喉を潤す琥珀

 

「ふう……! ねえ、ルチア、ちょっと喉が渇いちゃった。あそこの屋台、何か冷たいものを売ってるみたいよ」
人混みを泳ぐように進んでいた楪が、ふと足を止めて振り返った。頬を上気させ、首元をパタパタと仰ぐその姿は、聖女の重圧を脱ぎ捨てた等身大の18歳の少女そのものだ。
「……そうだね。私も少し、喉が渇いた。あそこならエールも果実水もあるはずだよ」
リュカは、年上らしい落ち着いた足取りで周囲を見渡し、賑やかな酒場屋台へと彼女を導いた。

「ねえ、ルチア、エールにしましょうよ! せっかくの祭りなんだから、そういうのがいいわ」
「エール? いいけれど、ユズリハ。これは結構苦いよ。君の口に合うかな」
リュカは少しだけ案じるように彼女を覗き込んだ。騎士団では馴染みの酒も、この繊細な少女には早すぎるのではないか――そんな22歳としての保護欲が顔を出す。
「お酒には強いのか? あんまり無理をして、後で気分が悪くなっても困るからね」
「ふふ、大丈夫。……ねえ、知ってる? 私のいた場所ではね、18歳でこれを飲むのは、とっても『いけない遊び』だったのよ」
楪は悪戯っぽく片目を瞑り、リュカにしか聞こえない小声で囁いた。

「いけない遊び……? 18なら、この国ではもう立派な大人だろう。何を言っているんだ?」
首を傾げるリュカ。その困惑をよそに、楪は銀貨を店主に差し出した。
「はいよ、とびきり冷えたエール二丁だ! ――カツンッ!」
威勢のいい声と共に、重厚な木製ジョッキが二つ、カウンターに並べられた。
「シュワアッ……」と弾ける白い泡。松明の火を反射して、黄金色の液体が妖しく輝く。
「ほら、乾杯! 今夜の私たちの『悪い遊び』を祝して」
「……よく分からないけれど、分かったよ。乾杯」
カンッ、と景気よくジョッキを合わせ、二人は同時にそれを煽った。

「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……ぷはっ……!」
「……ん、ゴクッ……ふう……」
喉を焼くような鮮烈な苦味と、鼻に抜ける爽やかな麦の香り。

「……っ、ふう。すご……喉が焼けるみたい! でも、なんだかすごく……楽しいわ」
初めてのアルコールに顔をしかめつつも、高揚感に瞳を輝かせる18歳の少女。
その唇の端に白い泡がついているのを見て、リュカは自然と指を伸ばし、それを優しく拭い取った。
「子供みたいだ。……さあ、あそこの噴水で少し休もうか。少し顔が赤いよ、ユズリハ」
静かに微笑むリュカ。二人は冷たい石造りの噴水の縁に腰を下ろし、祭りの喧騒を少し遠くに眺めながら、残りのエールを静かに傾けた。

「……ねえ、ルチア。さっきの『いけない遊び』の意味、教えてあげましょうか?」
楪は空になったジョッキを膝に置き、少しだけ酔いの回った潤んだ瞳でリュカを見つめた。
「……ああ。気になっていたんだ。18歳なんて、この国ではもう結婚だってできる年齢だろう。何がそんなに『いけない』ことなんだ?」
リュカが不思議そうに首を傾げると、楪はクスクスと、鈴の鳴るような声で笑った。

「私のいた場所ではね、お酒を飲んでいいのは『20歳』からだったのよ。だから、今の私……18歳の女の子がこうしてエールを飲むなんて、絶対に見つかっちゃいけない、とんでもないルール違反なの」
「20歳……!? 16で大人になってから、さらに4年も経たなければ許されないのか? それは……随分と厳しい掟だね」
リュカは目を丸くして驚きの声を上げた。成人して4年。人生のひとつの季節が過ぎ去るほどの長い年月を、禁欲のまま過ごさねばならない世界。騎士団の荒くれ者たちが聞けば、それだけで絶望しそうなその掟に、彼女は異世界の不思議な厳格さを感じていた。

「そう。……だから、今の私はとっても『悪い子』なのよ? ルチア」
楪は悪戯っぽく顔を寄せ、リュカのドレスの袖をきつく握りしめた。
「掟を破った私を、22歳の『大人』なあなたが連れ出したんだもの。……最後まで、ちゃんと責任取って守ってくれないと、困るわ」

 

対の共鳴・蒼と紫

 

「ねえ、ルチア。あっちのお店に行ってみない?」
エールの入ったジョッキを置くと、楪は少しだけ火照った顔でリュカの手を引いた。
向かった先は、人溜まりの喧騒から少し外れた、静かな銀細工の露店だ。
「……ああ。そうだね。君が望むなら、少し見ていこうか」
リュカは、隣を歩く18歳の少女がふらつかないよう、その細い腰を支えるようにして歩調を合わせた。

「いらっしゃい。……ほう、これはまた、美しいお嬢さん方だ」
店主の老人が、柔らかな魔導灯の下で眼鏡を上げた。並べられているのは、王都の星空を切り取ったような、繊細な銀の装飾品たち。
「見て、ルチア。これ……すごく綺麗。二人の瞳の色、そのままみたいじゃない?」
楪が指差したのは、三日月と小ぶりな星を象った、対のピアスだった。
一つは、リュカの瞳を写し取ったような、深く澄んだ「サファイア」。もう一つは、楪の瞳と同じ、妖しく揺らめく「アメジスト」。
銀の細工の中で、二つの石は互いの光を反射し合っている。

「それは『共鳴の対』だよ。二人が身につければ、相手が近くにいる時にだけ、石が微かに熱を帯びるんだ」
店主の説明に、リュカは思わず息を呑んだ。
「……熱を、帯びる? そんな魔法が……」
「ふふ、素敵じゃない? これなら人混みではぐれても、すぐに見つけられそうね」
楪は悪戯っぽく笑うと、サファイアのピアスを手に取り、ルチアの耳元に寄せた。

「ねえ、ルチア。私を『悪い子』にした責任、取ってくれるんでしょう? ……これ、お揃いでつけてほしいな」
「……君には敵わないな。分かったよ、ユズリハ。今夜の思い出に、それを貰おう」
リュカは苦笑しながら銀貨を支払うと、受け取ったアメジストのピアスを、楪の白い耳たぶへと慎重に差し込んだ。
指先が触れるたび、エールの酔いとは別の、熱い鼓動が指先に伝わってくる。
シャラリ、と繊細な銀の音がした。……よく似合っているよ、ユズリハ」
「ありがとう。……はい、次はあなたの番よ? ルチア」
今度は楪が、背伸びをしてリュカの耳に「自分の色」を飾る。

装着が終わった瞬間、リュカの耳元でサファイアが、そして楪の耳元でアメジストが、ポッと淡く輝き、確かな熱を放ち始めた。
「……熱いね」
「ええ。……私たちが、こんなに近くにいる証拠だわ」
リュカのサファイアブルーの瞳と、楪のアメジストの瞳。その色が互いの耳元で入れ替わり、共鳴し合っている。リュカは耳元に残る確かな温度を感じながら、隣で満足げに微笑む少女を、今まで以上に離しがたく感じていた。

 

夜景の終端、光の花

 

喧騒を離れ、二人はゆっくりと石造りの坂道を登り詰めていった。
そこは、以前のデートで最後に辿り着いた、王都を一望できる高台だ。

「……ふう。やっぱり、ここからの景色は格別だね」
リュカは手摺りに身を預け、眼下に広がる黄金色の海――光り輝く祝祭の街並みを、サファイアブルーの瞳に映した。
不意に、耳元の石がポッと熱を帯びる。
隣に立つ楪との距離が、以前よりもずっと、肌を焼くほどに近いことを、アメジストのピアスが証明していた。

「あ……」
楪が夜空を見上げて、小さく息を呑んだ。
ヒュゥゥゥ、と夜の帳を切り裂くような鋭い音が響き、次の瞬間。
――ドンッ!
漆黒の空に、色とりどりの巨大な光の輪が咲き乱れた。青、赤、金、紫。網膜を灼くような鮮烈な輝きが、パラパラと火の粉を散らしながら夜の闇に吸い込まれていく。
「花火……。こっちの世界にも、花火があったんだ……」
楪が震える声で呟いた。その言葉に、リュカは不思議そうに隣を振り返った。

「ハナビ?……いや、これは『祝祭の光花』だよ、ユズリハ」
リュカは、自らの耳元で熱を放つ紫のピアスに触れながら、静かに解説を始めた。
「魔導師たちが空に魔力を放出し、その属性を急激に変換させて発色させているんだ。元々は戦場での合図に使われていた魔導術だが、今夜は王都中の魔導師が腕を競い合って、平和への祈りを捧げているのさ」
火薬の燃焼ではなく、純粋な魔力の爆発。楪はリュカの言葉を聞きながら、再び夜空を見上げた。
「光の花……。魔法でこんなに綺麗な花が咲くなんて、思わなかった」

「……そうだね。君のいた世界のものとは、少し仕組みが違うかもしれないけれど」
リュカは一歩、楪へと歩み寄り、彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「けれど、今夜この光を君と一緒に見ている。……それだけは、どんな理屈よりも確かな真実だよ」
次々に打ち上がる光花が、二人の顔を交互に照らし出す。
耳元で重なる熱、エールの残り香、そして「光花」が消えゆく余韻。二人は、この「嘘」の夜が永遠に続けばいいと、打ち上がる光の中に、同じ祈りを込めていた。

「……綺麗だ。けれど、どこか少し、切ない光だね」
次々に夜空を焦がしては消えていく光花を見つめ、リュカが低く呟いた。
その耳元で、サファイアの石がドクンドクンと脈打つように、熱い拍動を伝えてくる。
隣に立つ楪の、隠しきれない独占欲と熱量が、魔法の石を通じてリュカの肌を灼いているのだ。

「……ねえ、ルチア。さっき、責任を取って守ってくれるって言ったよね」
楪がリュカの肩に頭を預け、掠れた声で囁いた。
見上げるアメジストの瞳には、夜空の光よりもずっと濃く、逃れがたい渇望が揺らめいている。
「……ああ。約束する。君が『悪い子』でいる間は、私がそのすべてを引き受けよう」
「ふふ。じゃあ……もっと『悪いこと』、一緒にしてみる?」

ドォォォンッ、と一際大きな金色の光花が夜空を埋め尽くした、その瞬間だった。
楪の指先がリュカの頬を滑り、紫の星が輝く耳元をそっと引き寄せる。
抗う間もなかった。いや、リュカの心は、最初から抗うことなど忘れていたのかもしれない。
重なり合った唇からは、微かに残る苦いエールの香りと、蜂蜜の甘い名残がした。

「……ん……っ」
リュカは、サファイアブルーの瞳を細め、熱い吐息を漏らした。
柔らかく、けれど執拗に熱を求める楪の唇。
二人の耳元にある対のピアスが、互いの体温と魔力を吸い込んで、これまでにないほど眩く、激しく発光する。
それはもはや「守護」の熱ではなく、互いを縛り付け、魂を溶かし合わせるための儀式だった。

長い口づけが解けた時、夜空にはパチパチと光の残滓が舞い散っていた。
「……これが、君の言う『いけない遊び』の続きかい?」
リュカの声は少しだけ震え、けれどその瞳には、騎士としての覚悟を越えた深い情熱が宿っている。
「いいえ。これは『遊び』じゃないわ。……一生解けない、二人だけの呪いよ」
楪は潤んだ瞳で微笑み、自分と同じ熱を帯びたルチアの唇を、満足げに指先でなぞった。

帰り道の残響、あるいは死神の嘲笑

高台から続く緩やかな坂道を、二人は寄り添うように下りていた。
先ほどまでの光花の爆音は遠のき、夜風が焦げた魔力の淡い残香を攫っていく。
唇に残った熱い感触と、耳元で微かに共鳴し続けるピアスの重みだけが、あの一瞬が夢ではなかったことを告げていた。

「……ねえ、ルチア。明日になったら、今のことは全部なかったことになっちゃうのかな」
楪がリュカの袖をぎゅっと掴み、不安げに覗き込む。
「……忘れるわけがないだろう。……君が『悪い子』になったことも、私が……それを、受け入れたことも」
リュカは視線を逸らしながらも、繋いだ手には力を込めた。ドレスの白いシルクが月光を弾き、赤いリボンが夜風に揺れる。

そんな二人の前に、揺らめく影が落ちた。街灯の届かない深い闇から、溶け出すようにして「その人物」が立っている。
夜の闇をそのまま引き摺り下ろしたような、黒曜石の黒髪。その上から、神聖さを皮肉るような白のシフォンベールが羽のように重なり、真紅の瞳の中で銀色の十字が不気味に蠢いた。

「ひっ……!? あ、あ、ああ……っ」
隣を歩いていた楪の喉が、引き攣った音を漏らす。先ほどまでの幸福な微熱は一瞬で消え去り、その顔は見る間に死人のような土気色へと変わった。
聖峰の聖域を血の海に変えた、あの死神の気配。騎士たちの命を無造作に刈り取った「絶望」そのものが、今、目の前に立っている。
楪は震える指先で自身の肩を抱き、過呼吸のような激しい喘鳴を上げながら、ガタガタと膝を震わせた。

「——ふふ。実に見事な、甘い幕切れでしたわ。……ねえ? そう思いませんこと? 『ルシル』」
その呼び名が静かな夜道に響いた瞬間、リュカの心臓が凍りついたように跳ねた。

「……っ!? なぜ、その名を……! ニルヴァ、貴様……! この街にまで、何の用だ!」
リュカは咄嗟に楪の前に立ちふさがり、鋭い視線で死神を射抜く。
脳裏を過ったのは、あの夜会で纏ったサファイアブルーのドレス……完璧だったはずの潜入の記憶。だが、目の前の死神が浮かべる嘲笑は、その虚飾の全てが最初から暴かれていたという残酷な事実をリュカに突きつけていた。

(……まさか、あの時から。いや、それ以前から私は泳がされていたというのか!)
声にならない戦慄が、指先からじわりと浸食していく。ニルヴァは愉悦に瞳を細め、動揺に顔を蒼白くさせるリュカを、愛おしげに眺めた。

「ご挨拶ですわ。これほどまでに手間と暇をかけ、舞台を整えて差し上げたのですもの。演者たちが全てを手に入れたと錯覚するその顔を、最前列で拝ませていただくのは観客の特権でしょう?」
ニルヴァは愉悦に瞳を細め、恐怖に狂う楪と、動揺を押し殺して睨みつけるリュカを、愛おしげに眺めた。

「さあ、夜が明けるわ。幸せというのは残酷なものですわね。高く積み上げれば積み上げるほど、崩れた時の音は美しく響く……。真実の欠片が、あなた方を真っ赤に染め上げるその——」
ニルヴァがふと、高台を囲む建物の屋上へと目をやった。そこには、月光を背負った、鋭く音のない「殺気」が張り付いている。
「……おや。邪魔が入ったようですわ。興醒めですこと」
ニルヴァは優雅に会釈すると、二人が言葉を返すより早く、高台の縁から吸い込まれるように闇へと身を投げた。

「待て——!」
リュカが叫び、ニルヴァが身を投げた縁へと必死に駆け寄る。
だが、その闇の底を覗き込もうとした瞬間、彼女の真上……遥か高い屋上の影から、それとは別の、低く苛立ちを隠さない声が降ってきた。
「……チッ」

その一言を最後に、月光を背負っていた影は、夜の深淵へと音もなく消え去っていく。
残されたのは、遠くで響く祭りの喧騒と、不自然なほどの沈黙。

「……あ、う……リュカ、ルシル、あああ……っ」
背後で、楪が震えながら地面に崩れ落ち、咽び泣いていた。リュカは彼女を抱き寄せることもできず、ただ、急速に冷えていく耳元のサファイアを、震える指先でなぞることしかできなかった。

染まりゆく深紅 —— 死神の残響

——数刻前。地上の夜空を焦がす光花の爆音さえも、この場所では足元を揺らす微かな地鳴りに過ぎない。
城の最下層、冷たい鉄格子が並ぶ地下牢。数日前まで権勢を誇っていた伯爵は、今はただ、自身の血溜まりの中で無様に横たわる肉塊へと成り果てていた。

「……ふふ。……はぁ、っ……。厳重な警備も、祝祭の喧騒の前では……これほどまでに、脆いもの。……ねえ、そう思いませんこと?」
ニルヴァは、もはや答えることのない死体の顔を、道端に転がる石ころでも避けるかのように無造作に踏みつけた。銀色の十字を宿した真紅の瞳は、足元の惨状には欠片の興味も示さず、ただ虚空に描かれた絶望の工程図だけを見つめている。
白いシフォンベールが地下牢の湿った風に揺れ、彼女の指先が、沸き立つ熱を抑えるように自身の胸元を強く……指が食い込むほどに掴んだ。

「ただ殺せば、あの聖女の魔力は霧散して消えるだけ。……それでは『アル・カ』を成すための、至高の供物には……なり得ませんわ……っ。……けれど、あの子が『信じていた者に裏切られた』と絶望すれば……っ。その魔力は黒く濁り……教団が回収できる極上の素材へと……はぁっ、変質する……!」
語るほどに、彼女の吐息は湿った熱を帯びていく。ニルヴァは恍惚とした表情で身を震わせ、もう片方の手を、自身の滑らかな内腿へと這わせた。指先が布地をなぞり、せり上がる快楽を噛みしめるように、その肢体をくねらせて激しく身悶える。

「聖女という存在こそが、教団の宿願を阻む……最大の障壁。……だからこそ、物理的な暗殺などというコストの無駄は……致しませんわ……っ。……あの、性を偽り続ける『騎士』との絆を道具として利用し……聖女を内側から自壊させれば……っ。私は指一本動かさずに至高の贄を作り上げ、騎士団という巨大な盾をも……無力化できる。……ふふ、あはっ、これこそが……合理的な美学だと思いませんこと……っ、ん、ぅ……っ」
ニルヴァの背中が、陶酔に反り返る。地上の震動……今まさに、自身の本質すら隠した『騎士』と聖女が、虚妄の愛を誓い合っているであろう余韻を、鉄格子の隙間から、そして自らの内側に溢れる疼きとして感じ取っていた。

「死なせる必要さえない……。……民衆の前で聖女の清廉さを剥奪し、不純な女として蔑ませれば……二度と『代わりの聖女』など用意できなくなる。……『聖女』という理そのものを、永続的に沈黙させる……。あは、ああああ……っ! 素晴らしい、素晴らしいわ……っ!」
ニルヴァは内腿を強く掴み、悦びに潤んだ瞳で天を仰いだ。吐き出される息は白く濁るほどに熱く、地下牢の冷気を焦がしていく。
地上の祝祭も、高台の口づけも、すべては彼女が設計した「絶望を効率的に抽出するための工程」に過ぎない。

「さあ、仕上げに向かいましょうか……っ。……積み上げた幸せが高ければ高いほど、崩れた時の音は美しく響く……。記録の欠片が、あの子たちを真っ赤に染め上げる……その瞬間のために……っ」
ニルヴァの姿が、絶頂の余韻と熱い吐息を残したまま、闇へと溶けるように消えた。
後にはただ、踏みにじられた死体と、地上から届く微かな祝祭の残響だけが取り残された。

第12話:零れ落ちた真実、染まりゆく深紅(完)


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